木村徹リサイタル 第3集 (2014.12.18)


標記の録音を聴いてみた。「第2集」のショパンが素晴らしい演奏だったので、待望の録音と言える。

木村徹のピアノの魅力は、一つの音でも独自の音楽世界を表現してしまうところにある。たとえばショパンの「バラード第4番」。他の人が単なる弱音で通り過ぎてしまうところでも細心の注意が払われ、心の奥底を見るような深い世界が表出されている。そして、たとえばイタリア・オペラを聴いているような明るいカンタービレ。ピアノの音でありながら歌詞が聴こえてくるような演奏だ。

シューベルトの「即興曲 Op.142」全曲がまず演奏されている。以前、銀座でのリサイタルでもこの曲を聴いたが、その時とはずいぶん印象が違った。その時は響きが薄いなあ、という印象が強い半面、表現・技巧の細部が分かって楽しい演奏会であったが、今回はそれがさらに音楽として完成度を増しているように思う。

Op.142-1 は、まさに「即興曲」という感じだ。音も素晴らしいし、「いつまでも聴いていたい!」 という不思議な音楽空間の表出がここにはある。まったく独特の世界だ。これはいつか聴いたホロヴィッツより私の好みかもしれない。Op.142-2も実はあまり気に入った演奏がなかったのだが、同じピアノを使っているとは思えない深い音色。主部がこんなに情感のこもった音楽だったのか、と久しぶりで堪能した。Op.142-3も各変奏の個性の描き分けが実に魅力的である。

その他も申し分のない出来と言えるが、特にブラームスの「狂詩曲」Op.79-1 には圧倒された。バラード第4番も前述したように素晴らしい演奏である。ショパンがマジョルカ島へ旅行した時に、天気がよくて彼の結核が治ったとしたらその後こういう演奏をしたのでは、と一瞬思ったりしたが、まあこんな気分になるほどいろんなインスピレーションに満ちた演奏である。

彼の演奏の特色として、テンポを自在に揺らすということが挙げられると思うのだが、これが彼の“音”の魅力 を一層高めていると思う。いわゆる「一般的」な揺らし方とは若干違うところもあるが、聴いていくうちに「なるほど」と思わせられるようなテンポ感だ。

とにかくピアノ演奏でこれだけ雄弁で、かつ奥の深い音楽を奏でる人を私は他に知らない。ピアノという楽器に興味がある人に、是非お聴きいただきたい CDである。


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