J.S.バッハのクラヴィーア作品
Johan Sebastian Bach(1685-1750)

2声のインヴェンション BWV772-786
3声のシンフォニア BWV787-801

「2声3声をきれいに弾き分けること、カンタービレの技法を身に付けること、すぐれた着想(invention)を得てそれを巧みに展開すること」を教える目的で書かれた。
インヴェンション
は「前奏曲型」「カノン型」「フーガ型」などに分けられ、それぞれ個性的な世界がある。
シンフォニアは「フーガ型」が多いが、違った様式の作品もある。

イギリス組曲 BWV806-811
 成立は「フランス組曲」「パルティータ」より古いとされる。ある資料では「それぞれ前奏曲を含むクラヴサンのための6つの組曲」というタイトルであり、「イギリス組曲」という名前の由来はフォルケルが「作曲者がこれをあるイギリスの貴族のために書いた」と伝えた言葉などによる。
第1番 イ長調: 穏やかで幸福感がある。二つのクーラントを持つのが特徴(組曲ではこの作品だけ)。
第2番 イ短調: 長大なプレリュードは協奏曲風であるが通常のリトルネロ形式とは少し違っていることに注意したい。サラバンドには「装飾法」が上声部のみ記されている。
第3番 ト短調: 演奏機会の多い作品。プレリュードの規模が大きく、音楽も立派である。サラバンドが非常に美しく、男性的なガヴォット(第2ガヴォットは“ミュゼット”で名高い)、流れるようなジーグ、いずれも素晴らしい。
第4番 ヘ長調: 明るく活発なプレリュードには「vitement」という標語が記されているのが珍しい。「調と精神はイタリア協奏曲のそれである(H. ケラー)」。「ブランデンブルク協奏曲第5番」等との関連も指摘されることがある。
第5番 ホ短調: 付点音符のアウフタクトで始まる大きなプレリュード、静かなアルマンド、休符が特徴的なクーラント、瞑想的で悲痛なサラバンド、ロンド形式のパスピエ(田園的なトリオを持つ)、半音階的進行が特徴のジーグ。
第6番 ニ短調: 暗く悲劇的なプレリュードは序奏部からアレグロに転じ、非常に長い。技巧的なアルマンド、単純明快なクーラント、ヘンデル風のサラバンド、明るく軽快なガヴォット、随所に長いトリルが現れる無窮動風なジーグ。

フランス組曲 BWV812-817
バッハの付けた名称は「チェンバロのための組曲集 Suites pour le clavecin」。
第1番 ニ短調: シューレンバーグの『バッハの鍵盤音楽』によれば「序曲風の付点リズムを含むジグは、フローベルガーの多くの曲におけるように、17世紀にはよく見られた」とある。このスタイルを3連符のリズムで演奏する方法もあるが(ホグウッド、シフの演奏など)、この解釈には問題もあるらしい。また、レオンハルトの演奏を聞くと16分音符をノート・イネガルのように演奏している。
第2番 ハ短調: アルマンドの深い情緒が素晴らしい。歌心がこの組曲全体を流れている。
第3番 ロ短調: アルマンドでの細かな動機労作が見事。メヌエットは後に挿入されたもので、ジーグは3/8の急速で演奏の難しい作品。
第4番 変ホ長調: 穏やかで落ち着いた気分に満ちた音楽。
第5番 ト長調: 各舞曲それぞれの性格の違いが明確で、聴いていて楽しい。メヌエットの代わりに「Loure」が置かれ、最後のジーグは6曲中最も華やかで演奏効果が高い。
第6番 ホ長調: アルマンドにみられるスラーが特徴的。弦楽器の奏法を思わせるもので、1拍目全体に掛かっている版と3つ目の16分音符までになっている版、全くスラーのない版の3種類がある。クーラント、サラバンド、ガヴォット、ポロネーズ、ブーレ、メヌエット、ジーグ、どれも演奏効果の高いもので、装飾音やアーティキュレーションなどの勉強にもなる作品。

6つのパルティータ BWV825-830
「クラヴィーア練習曲集」の第1部。すなわちバッハが最初に出版したクラヴィーア音楽である。「練習曲集」と訳しているが“Übung”は“Ausübung”の同義語と考えられるので「クラヴィーア演奏」「クラヴィーア音楽」と訳した方がバッハの真意に近いという説がある。「イギリス組曲」と違い、第1曲は<前奏曲><シンフォニア><ファンタジア><序曲><トッカータ>と多様で、それぞれに含まれる舞曲もかなり自由になっている。
第1番 変ロ長調: 前奏曲の規模が小さく、全体は優雅で明るい。ジーグは演奏効果があって愛好される曲である。
第2番 ハ短調: 冒頭の<シンフォニア>はイタリアのオペラ序曲を意味するが、ここではフランス序曲のスタイルが混ざっている。<ロンドー><カプリッチョ>という珍しい曲が含まれること、サラバンドが通常のスタイルとは異なっているのが特徴。1760年にブライトコップ社はこの第2番のみを「いちばん易しい曲」として8グロッシェンで売り出した(他の曲は難しいということか。しかしこの曲もそんなに易しい曲ではない)。
第3番 イ短調: <シンフォニア>は大規模な2声の対位法的作品。<ブルレスカ><スケルツォ>が含まれるのが特徴。サラバンドも第2番と同様に、通常の舞曲というよりは緩徐楽章の役割に近い。
第4番 ニ長調: 典型的なフランス序曲で開始され、管弦楽風で輝かしい。アルマンドはヴァイオリン協奏曲の緩徐楽章を思わせ、たいへん美しいものである。<アリア>が加えられているのもこの曲の魅力。
第5番 ト長調: <前奏曲 praeambulum>は、バッハの他の「ト長調」同様、運動性が目立ちトッカータのようだが実はリトルネロ形式。ジーグが3声フーガの様式を持ち、後半は演奏困難なトリルのパッセージを持つ。
第6番 ホ短調: <トッカータ>は2つの即興的な楽句の間にフーガを持つ形式で、幻想的で雄大な音楽である。<エール>はガヴォットに近く、後半の跳躍が珍しい。<テンポ・ディ・ガヴォット>はジーグに近く、最終の<ジーグ>はその主題の素晴らしさ、対位法的技法の見事さにおいて感動的な音楽である。

フランス風序曲(パルティータ ロ短調) BWV831
「クラヴィーア練習曲集第2部」の1曲。2段鍵盤チェンバロの演奏効果を最大限に活用した作品であり、ジーグの後に「エコー」を置いたことでもその傾向を見ることができる。リュリを思わせる「序曲」の素晴らしさは言うまでもないが、クーラントでのしみじみとした情緒や「パスピエ」「サラバンド」も美しい。各序曲もリズムが分かりやすく、聴いていて楽しい。

平均律クラヴィーア曲集第1巻 BWV846-869
原題は「Das Wohltemperierte Klavier」で、今日ピアノの調律で行う「平均律」そのものを指すのかは疑問。「平均律に近い独自の調律法」をバッハが開発していたのではないか、と言われている。この曲集のタイトルはすでに定着した感があり、「平均律」と言えばこの曲集を指すようにもなっているが、当時の調律法などについても考えた上でこの偉大な曲集を演奏することが必要ではないだろうか。

平均律クラヴィーア曲集第2巻 BWV870-893
1744年に完結したと言われる。バッハが晩年に取り組んだ曲集だが、「第1巻」以後に書かれた作品を改訂・編集したものと言われている。「第1巻」より規模が大きくなり、自由度も増している。テクストの問題は難しく、ベーレンライター版は2種類のエディションをそのまま掲載しているので楽譜が厚く重くなっている(しかし私はこの版を見て勉強)。魅力的な作品は第1巻よりこちらの方に多くあるように思える。エディション関係でついでに言うとアンソニー・ニューマン校訂版(G.Schirmer)はたいへん面白い実用版だ。

半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV903
即興的で華麗な演奏効果を持ち、いくつもの解釈版がある。レヒシュタイナーが「ペダル付チェンバロ」で演奏していることも興味深い。

ファンタジーとフーガ イ短調 BWV904
フレスコバルディ風の掛留音が風格のある音楽を構築すると評されるファンタジー。フーガは二重フーガの構想で、最後に両者が結び付けられて登場する。ブゾーニ版ではオクターヴを補強してあるが、オルガンで演奏する方がよいのかもしれない。

トッカータ(全7曲)  BWV910-916
「バッハの成長期にうまれた最も興味深いクラヴィーア作品(H.ケラー)。」若い頃のバッハが発揮したはずの名人技を思わせる若々しさと即興性に満ちた作品。

9つの小前奏曲 BWV924-987
6つの小前奏曲 BWV933-938
5つの小前奏曲 BWV939-943

教育的性格の強い曲集。BWVは曲集の順序と一致しないので要注意。

イタリア協奏曲 BWV971
1735年ニュルンベルクで出版された『クラヴィーア練習曲集第2部』の1曲。バッハは当時のイタリア音楽を、例えばヴィヴァルディの協奏曲を編曲することにより研究していた。この作品がチェンバロ独奏曲でありながら「協奏曲」と名づけられているのは、2段鍵盤の特性を生かした演奏技巧を発揮させるためであった。楽譜にはf(フォルテ)とp(ピアノ)が綿密に書きこまれており、合奏協奏曲風の演奏効果が最大限に発揮できるようになっている。

協奏曲(他の作曲家の協奏曲をチェンバロ独奏用に編曲したもの) BWV972-987

原曲は以下の通り:
第1番: ヴィヴァルディの「調和の幻想」Op.3-9
第2番: ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲Op.7-2
第3番: マルチェッロのオーボエと弦楽オーケストラのための協奏曲
第4番: ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲Op.4-6
第5番: ヴィヴァルディの「調和の幻想」Op.3-12
第6曲: 不明
第7番: ヴィヴァルディの「調和の幻想」Op.3-3
第8番: 不明
第9番: ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲Op.4-1(第1楽章のみ)
第10番: 不明
第11番: ヨハン・エルンストの作品
第12番: 不明
第13番: ヨハン・エルンストの作品
第14番: テレマンの作品
第15番: 不明
第16番: ヨハン・エルンストの作品
第17番: バッハのオルガン協奏曲第1番ト長調(BWV592)[作曲者はヨハン・エルンスト]

ゴルトベルク変奏曲 BWV988
「クラヴィーア練習曲集」の最後を飾る作品。最後で最大のチェンバロ用作品。巨大な構想には論理性の裏づけもある。

カプリッチョ≪最愛の兄の旅立ちに寄せて≫ BWV992
個人的な体験を音楽化した異色の作品。

カプリッチョ≪ヨハン・クリストフ・バッハを讃えて≫ BWV993
長兄に敬意を表したとされる作品。


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