ブリッジ のピアノ作品

フランク・ブリッジ(Frank Bridge はヴォーン=ウィリアムズやホルスト、アイアランドとほぼ同じ時期に王立音楽院で作曲とヴァイオリンを学んでいる。初期の作風はフォーレ、ブラームスに近く、第一次世界大戦終結以降は無調を中心とした渋い作風へと変化した。

ピアノ独奏曲

作品 寸評
子守歌 Berceuse (1901/1929編曲) 小編成オーケストラのために作曲された。のちにヴァイオリンとピアノ、そしてピアノ独奏版が作られた。
スケルツェッティーノ Scherzettino (1901-2) 無窮動的な主部(ト短調)と中間部(ト長調)の対比が見事な小品。
束の間の思い Pensee Fugitive (1902) ヘ短調。3連音の伴奏でチェロ風の美しい旋律が奏でられる佳作。
モデラート Moderato (1903) 愁いを帯びた歌曲のような旋律が美しい1曲。
カプリッチョ第1番 Capriccio No.1 (1905) イ短調、プレスト。軽やかなスタッカートの技巧が特徴。
ある海の歌 A Sea Idyll (1905) ホ長調、アンダンテ・モデラート、三部形式。伴奏はバルカロール風で穏やかな情緒である。和音で奏される旋律も美しい。
カプリッチョ第2番 Capriccio No.2 (1905) 嬰ヘ短調。ヴィーヴォ。重厚な和音と華麗なパッセージが魅力である。
エチュード・ラプソディック Etude Rhapsodeque (1905) 1905年11月に書かれたが未発表のままで、世界初演は1986年、ジョン・ゴフによるBBCラジオのリサイタルで行われた。不安定な調性の中でのヴィルトゥオーゾ的な書法が面白い。1990年に出版された。
ドラマティック・ファンタジア Dramatic Fantasia (1906) 1906年1月、王立音楽大学の友人であるピアニスト、フローレンス・スミスのために作曲されたようだが、作曲者の生前はまったく知られておらず、1978年にようやく明らかになり、翌年ウィグモアホールでピーター・ジェイコブスが世界初演を行った。ソナタの一部として作られたとする説もあるがよく分かっていない。
3つのスケッチ Three Sketches (1906) 「4月 April」「ローズマリー Rosemary」「気まぐれなワルツ Valse Capricieuse」の3曲。Hinsonは Contrasting romantic moods と言っている。
3つのピアノ小品 Three Piano Pieces(1912) 「コロンビーヌ Colunbine」「ミヌエット Minuet」「ロマンス Romance」の3曲。
アラベスク (1914) 「4つの性格的小品」の最終曲として考えられていたが独立した小品として出版された。Allegro scherzandoでヘ長調だが調性は不安定だ。第2部ではオクターヴの美しい旋律も現れる。
3つの詩 Three Poems (1915) 「孤独 Solitude」「エクスタシー Ecstasy」「日暮れ Sunset」の3曲。
キャサリンへの哀歌 Lament for Catharine (1915) 単に「Lament」と記される場合もあるが手持ちの楽譜にはこのように書いてあった。楽譜及びCD(Peter Jacobs演奏)の解説から「1915年6月14日にルシタニア号の災難で溺れ死んでしまった友人家族、そして9歳のキャサリンの思い出」という内容の作品であることが分かる。この船はドイツ軍のUボートにより沈没したそうである。
4つの性格的小品 Four Characteristic Pieces (1915) 「水の精 Water Nymphs」「香水 Fragrance」「ビタースウィート Bittersweet」「蛍 Fireflies」の4曲。第1曲はアレグロ・コン・モート。優雅なアルペッジョによる表現が素晴らしい。半音階進行が多くほとんど無調に感じられるが最後はニ長調で終止する。第2曲はアンダンテ・ベン・モデラート、7度の和音の響きを生かした独特の響き。第3曲はアレグレット・モデラート。曲名は「苦みの混じった甘さ」という言葉であるが植物の名であるなら「セイヨウヤマホロシ《ヒヨドリジョウゴに似たナス科の半つる性多年草。ユーラシア、北アフリカ原産、北米にも帰化; 花は青紫、果実は卵円形で赤色、植物体は有毒》」または「北米産ニシキギ科ツルウメモドキ風のつる性落葉低木」(リーダーズ英和辞典)。第4曲はアレグロ・ヴィーヴォでトッカータ風の音楽である。
おとぎ話の組曲 FairyTale Suite (1917) 「プリンセス The Princess」「人食い鬼 The Orge」「魔法 The Spell」「王子 The Prince」の4曲。全体は何となくラヴェルの「美女と野獣」を思わせる音楽。
牧歌的小品集 第1集 Miniature Pastorals, Set 1(1917) 「1.嬰ヘ短調 Allegro con moto」「2.ニ短調 Tempo di Valse」「3.ニ長調 Allegro ben moderato」子供のための小品集。Margaret Kemp-Welchによる線画が添えられている。第1曲は笛の音に合わせて踊る様子、第2曲は悲し気な二人、第3曲は木を見上げて鳥の声をきく二人。
左手のための3つの即興曲 Three Inprovisations for the left hand (1918) ピアニストのダグラス・フォックスの依頼で書かれた。フォックスは第1次世界大戦で右手を失ったピアニスト。「明け方に At Dawn」「通夜 A Vigil」「お祭り騒ぎ A Revel」
砂時計 The Hour Glass(1919) 「夕暮れ Dusk」「雫の妖精 The Dew Fairy」「真夜中の潮汐 The Midnight Tide」の3曲。第2曲は水に関連した音楽としては最も優れたものの一つと言えるだろう。
牧歌的小品集 第2集 Miniature Pastorals, Set 1(1921) 「1.アレグロ・ジュスト」大太鼓とラッパ、笛の音が聞こえてきそうな楽しい作品。ピエルネの「鉛の兵隊の行進」を思い出させる。「2.アンダンテ・コン・モート」 ある種の子守歌と言えるが転調が面白い。「3.アレグロ・マ・ノン・トロッポ」挿絵には学校から帰る途中で遊ぶ子供たちが描かれている。ジーグ風のリズムを持った音楽。
3つの抒情詩 Three Lyrics (1921) 「サンシキスミレ Heart's Ease」「上品な詐欺師[可憐ないたずら者] Dainty Rogue」「生垣 The Hedgerow」。第1曲はアンダンテ・トランクイーロ。静かな美しさが素晴らしく、どこか東洋風の響きもある。第2曲はモルト・アレグロ・エ・ヴィーヴォ、素早い動きを特徴とするスケルツォ風音楽で、スクリャービンを思わせる和音も時々現れる。第3曲はアレグレット・モデラート、目まぐるしく変化する楽想が特徴。
ピアノ・ソナタ Piano Sonata (1921) フランスで戦死した親友、アーネスト・ファーラーを偲んで作曲された。第2楽章などに見られる「静けさの美学(山尾敦史『ビートルズに負けない 近代・現代英国音楽入門』)」と言えるような独特の和声の響きが素晴らしい。全体的にピアニスティックな演奏効果もある作品。
秋に In Autumn (1924) 「1. 回想 Retrospect」「2. 軒越しに Through the Eaves」の2曲。第1曲は長7度や半音階的書法が特徴。第2曲はピアノの高音を活かした、さえずるような音。2曲目の訳は「PTNAピアノ曲事典」による。
冬の田園詩 Winter Pastoral (1925) 簡素な書法の中に描写的な美しさを見せる作品。空虚5度が特徴的に用いられている。
マルセイユの挿絵 Vignettes de Marselle(1925) 1925年8月、ブリッジは妻とともに、彼の後援者であるエリザベス・スプレイグ・クーリッジの案内で、アルプスや地中海沿岸を旅行した。このセレナードのような作品は、1920年代半ばの彼の作品のなかでも比較的華やかな精神と明るく単純なテクスチャを持ち、4つの楽章すべてが「地方色」を暗示し、地中海の舞曲リズムに基づくという点で注目に値する。 最初の3つの楽章には、サロンピース風に架空の絵葉書のような美女たちの名前が書かれており、Carmelita カルメリータは勢いのあるハバネラのリズムでまさにスペインを象徴し、ゾライダ Zoraida は東洋の神秘とエキゾチックな装飾のヒントで、明らかにムーアの血が流れていることがわかる。この2人の間にいるニコレット Nicolette は明らかにフランス人女性で、より複雑な動きの中で、よりフォーマルな優雅さを見せている。最後に、行進曲とファンファーレを思わせる陽気なロンド「祭り」で、ふさわしい高揚感をもって幕を閉じる。(Calum Macdonald の解説より)
カンツォネッタ Canzonetta (1926) 美しい主部とスケルツァンド的中間部の対比が面白い。
献呈 A Dedication (1926) タイトルが謎めいている(実は献辞は書かれていないとのこと)通りの謎めいた音楽に感じられる。
グラツィエッラ Graziella (1926) ラマルティーヌの小説に由来すると思われるが現在調査中。とらえどころのない和音の連続の中に、独特の美しさが感じられる。
秘めたる炎 Hidden Fires (1926) トッカータ的な音楽で、スクリャービンの「炎に向かって」からの影響を指摘する人もいる。
ガーゴイル Gargoyle (1928) ブリッジのピアノ曲の中で最も進歩的なものと評される。最後のピアノ曲。タイトルのGargoyleとは「《ゴシック建築で怪物の形に作られた屋根の水落とし口》; 怪物像、怪獣像、醜い顔をした人、鬼瓦(リーダーズ英和辞典)」。当時は理解されず作曲者のもとに返送されてしまったらしいが、現代ではこの曲の個性を理解した演奏を多く聞くことができる。

参考文献:

・ 山尾敦史『ビートルズに負けない 近代・現代 英国音楽入門 お薦めCDガイド付き』音楽之友社、1998
・ Trend, Michael; The Music Makers: The English Musical Renaissance from Elgar to Britten, Weidenfeld & Nicolson, an imprint of The Orion Publishing Group Ltd., London, 1985(邦訳:『イギリス音楽の復興 音の詩人たち、エルガーからブリテンへ』木邨和彦訳、旺史社、2003)
・ Hinson, Maurice: Guide to the Pianist's Repertoire, Indiana University Press, 1987
・ Macdonald, Calum「Frank Bridge」: Complete music for piano(PETER JACOBS)CDの解説、1990

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