ドヴォジャークのピアノ作品
“B”はブルグハウゼル番号

ドヴォジャーク はドヴォルザーク、あるいはドヴォルジャークと表記されることが多いようですが、チェコ語の発音がなかなか難しいということだそうです。ピアノ作品は、独奏曲では「ユーモレスク 変ト長調」、連弾曲で「スラヴ舞曲集」が知られていますが、管弦楽曲や室内楽曲の豊かさに比べると見劣りがする感は否定できません。しかし、スプラフォンの全集を見ると、小品に味わい深いものが見られ、「ワルツ集」などもっと演奏されて良いと思います。ドヴォジャークがピアノの扱いについて上手でなかった、とする説もあるのですが、ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」、ピアノ五重奏曲、それにピアノ協奏曲をみると(協奏曲は演奏効果が地味なためかスプラフォン版は“改訂版”と“原典版”が併記されていますが)、 古典的で端正な書法にはなかなか味わいがあると言うべきでしょう。

ピアノ作品(色のついたものは“おすすめ作品”)

曲名  寸評
ポルカ ホ長調 B3 (1860) 明るくすがすがしい気分。右手にオクターヴを多用して華麗な効果を見せる。Da capoは一般的な冒頭へ戻るのではなく「D.C.Trio」であることが面白い。
ドゥムカ ニ短調 op.35(1876) 暗く哀愁に満ちたメロディーが支配する作品。後の同名作品のようにテンポの変化はあまり見られないが、旋律を美しく変奏してゆく。
2つのメヌエット op.28 (1876) 初期の愛らしい作品。短いワルツを数曲つなぎ合わせて演奏するウィーン風ワルツ。シューベルトの音楽に近い。
主題と変奏 変イ長調 op.36(1876) ベートーヴェンのソナタOp.26の雰囲気に似ているとしばしば評されるテーマは、45小節という長大なものである。技巧的に多彩な変化を見せる8つの変奏の後、テーマが美しく回想される。この曲を聴くと、ドヴォジャークが「ピアノ扱いについて上手でなかった」とは言えないことが分かるのでは? 第4変奏、第5変奏の技巧の鮮やかさ、第3変奏、第6変奏の深い情緒など、変奏曲の名作の一つと言えるだろう。
スコットランド舞曲 op.41 (1877) シューベルト風のエコセーズ。半音階進行による不安定な転調が楽想に適度な変化を加える。
2つのフリアント Op.42(1878) 第1曲 ニ長調/第2曲 ヘ長調。オクターヴ、重音を駆使した華やかな演奏効果を持つ。「スラヴ舞曲」の響きがを1台で堪能できるような感じ。
12のシルエット(影絵) op.8 (1879) 初期の交響曲や歌曲などからの主題が用いられている曲がある。例えば第1曲、第5曲、第12曲に現れるモティーフは交響曲第1番の第1楽章との関連があるといったように。全体的にはシューマンの「蝶々」のように、小品をツィクルス形式でまとめた作品集と思われる。
ワルツ集 op.54 (1880) 全8曲。明るく陽気なワルツで、洒落た和声、個性的な転調などに特徴を見せる。第1番、第4番は弦楽四重奏用に編曲されている。
4つのエクローグ B103 (1880) 作曲者の死後1921年に出版された。「エクローグ」とは「牧歌、田園詩」の意味で、いずれもそのような伸び伸びとした主部と急速な中間部を持つ形式になっている。
4つのピアノ小品集 op.52 (1880) 第1曲「即興曲」はPrestoで力強く情熱的な主部とAndante e molto tranquilloの中間部の対象が鮮やかである。第2曲「間奏曲」はLarghetto でペダルの指示のあるスタッカートの伴奏の上で重苦しく憂いに満ちた旋律が聴かれる。第3曲「ジーグ」は 第4曲「エクローグ」は付点音符を特徴とするジーグ。第4曲はロマンティックで感傷的な旋律が美しい1曲。なお、この作品は本来「6つの小品」として構想されたが出版時に4曲となったそうである(残りの2曲は“Supplement”としてスプラフォン版には収録されている)。
マズルカ集 op.56 (1880) ドヴォジャークの色彩感で書かれたマズルカ。第1番変イ長調はショパン風のリズムと個性的な連符のパッセージを特徴とするが繰り返しが多くやや冗長なところも。第2番ハ長調は力強くシンフォニックな曲想。第3番変ロ長調は、ト短調と変ロ長調、ト長調の交替が見事で、美しい。第4番ニ短調は、レントで悲しげな気分が淡々と綴られる。第5番へ長調はフリギア調の要素からイ短調へ向かう傾向のある独特の主題で、中間部は変ロ長調の明るくリズミカルな音楽となる。第6番ロ短調は情緒の深い作品であり、中間部のヘミオラは「ピアノ五重奏曲イ長調」の第3楽章を髣髴とさせるもの。このマズルカ集はなかなかの出来映えの作品である。
アルブムブラット B109 (1880-1888) 作曲者の死後出版された小品集。第1曲はなめらかなアルペッジョgは特徴。第2曲はシンコペイションの伴奏の上に哀愁を帯びたメロディーが歌われる、無言歌風の作品である。第3曲は運動性が特徴のバガテル風の曲想。第4曲はト長調の序奏の後にホ短調の主部となる。いくらかシューマン風の穏やかな作品。
即興曲 ニ短調 B129 (1883) シューマンの影響が指摘されている1曲。力強さと抒情性、変化に富んだ曲想をもち、性格的小品の名作と言える。
ドゥムカとフリアント op.12 (1884) 3連符の伴奏が支配する主題と、ポルカ風の主題が交替する「ドゥムカ」は、演奏される機会はほとんどないようだが「知られざる名曲」と言えるのではないか。「フリアント」は3拍子の舞曲だが2拍子のように聞こえないのが面白い。
ユモレスク 嬰へ長調 B138 (1884) ピアノ作品集の出版を計画していたプラハの出版社V.Urbanekの依頼に応じて作曲された。付点音符の心地よいリズムの上にシューマン風の楽想が展開される。
2つの真珠 B156 (1887) 第1曲「輪舞」。第2曲「おじいさんがおばあさんと踊る」。どちらも平易な技巧で書かれた親しみやすい音楽である。
詩的な音画 Poetic Tone-Pictures op.85 (1889) 1.夜の道:ブラームス風の和音で始まり、分散和音で美しく彩られる楽想がすばらしい。1曲の中でいろいろな場面が交替するような感じで、特に最後の高音域の扱いに円熟した境地を感じる。 2.たわむれ:ビゼーの「子供の遊び」を思わせる軽やかな音楽。 3.古城にて:中間部に現れる右手の装飾的アルペッジョはシューベルト「白鳥の歌」の「都会」を何となく思わせる。 4.春の歌:古典歌曲風の音楽。 5.農夫のバラード:リスト風のブリラントな音楽 6.夢想:セレナード風の伴奏の上で歌われる一種の哀歌。 7.フリアント:オクターヴ技巧を駆使して華麗な音の響きが展開される。 8.妖精の踊り:高音域を用いた綺麗な響きを特徴とした舞曲。ニ長調〜変イ長調の転調が聴き手を驚かせる。 9.セレナード:親しみやすいメロディーはポピュラーソング風のようにも思われる。 10.バッカナール: 急速なテンポで激しさを特徴としている。タイトルからどうしてもサン=サーンスの音楽を連想してしまう。11.おしゃべり:シューマンの「幻想小曲集」の「寓話」あるいはハンニカイネンの「対話」という曲を連想させる音楽に聞こえる。 12.英雄の墓にて:リストのハンガリー狂詩曲第5番を思わせる重厚な音楽。 13.聖なる山にて: ショパンの影響が指摘される曲。曲集の締めくくりとして感動的な1曲である。
組曲 イ長調 op.98(1894) アメリカ時代の第5作。「新世界より」の初演後2か月ほどで書かれた。第1曲 イ長調は懐かしいメロディーで開始され、情熱的な中間部となる。第2曲 嬰ハ短調は急速な舞曲風で、両手オクターヴ奏も華麗に登場する。中間部は変ニ音のオルゲルプンクトの上で変ニ長調の美しい旋律が歌われる。最後の6度進行が非常に美しく印象的、第3曲 イ長調は有名な「ユモレスク第7番」を思わせる跳ねるようなリズムで、ロンドー(その中でも17〜18世紀フランスで流行したABACAD〜形式)の形式。B部分は嬰へ短調、C部分は嬰ハ短調、D部分はイ短調、これらに哀歌風楽想との対比が面白い。第4曲 イ短調は子守歌風の静かで穏やかな音楽。冒頭よりイ短調とハ長調の間を揺れ動く独特の調性感がある。第5曲 イ短調はリゴードン風のリズム(グリーグの「ホルベルグ組曲」をどことなく思わせる)。この組曲を通じて多用される5音音階で書かれている。最後に第1曲の主題を回想して組曲全体の終結となる。なお、この曲は作曲された翌年に、管弦楽用に編曲された。
8つのユモレスク op.101 (1894) アメリカから帰国したのちに作られた。アメリカで蒐集した素材を用いて作曲されたとされる。付点リズム、五音音階などが特徴。第7曲のみが有名だが、メランコリックな美しさの第4曲、ピアニスティックな第5曲も魅力的である。
子守歌とカプリッチョ B188 (1894) 子守歌:シンコペイションの伴奏の上で歌われるメロディーはエルガーの「愛の挨拶」を思わせる。短調に転調してからは、やはりドヴォジャーク独自の世界だ。カプリッチョ:ブラームスのカプリッチョ(Op.76)を思わせるハンガリー風楽想。
ピアノ小品[タイトルなし] B116 (1880-1888) Moderatoで静かに開始されるが、Allegro vivace の激しい楽想へと変化するドラマティックな1曲。

ピアノ4手作品

スラヴ舞曲 op.46 (1878) ブラームスの「ハンガリー舞曲集」と並ぶ19世紀連弾作品の人気作品。ほとんどが「ボヘミア舞曲」で構成される。なお、ピアノ連弾版の第3曲はニ長調、3/4の曲だが、大抵のサイトには「変イ長調 2/2」の「ポルカ」と記載されている。これは管弦楽版と曲の配列が違うからだと思われるが、現在調査中。
伝説 op.59 (1880-81) ハンスリックに献呈された曲集。この事実から作曲者の自信がうかがえるが、確かに魅力的な旋律やピアノの技巧に満ちており、ハンスリック、それにブラームスも称賛したことも当然と思われる。
シュマヴァの森より(ボヘミアの森より) op.68 (1883-84) 「シュマヴァ」とはチェコ南部に全長140㎞にわたって広がる平均標高1100mの山脈で、英語のタイトルから「ボヘミアの森」と一般に親しまれている。第1曲「糸紡ぎ」/第2曲「暗い湖のほとりで」/第3曲「魔女の安息日」/第4曲「待ち伏せ」/第5曲「森の静けさ」(チェロと管弦楽用の編曲で名高い)/第6曲「騒がしい時」。ピアノ連弾作品として非常に価値の高い作品と言える。
スラヴ舞曲第2集 op.72 (1886) オゼメック(第1曲)、シュパチールカ(チャールダーシュ風、第5曲)、ポロネーズ(第6曲)など「スラブ」諸国の舞曲が用いられている。第2曲について「マズルカ」と言う人と「ドゥムカ(またはソウセツカー)」と言う人がいるようだ。

協奏曲

ピアノ協奏曲 ト短調 op.33 (1876) ヴィーレム・クルツがピアノパートを改編したエディションがかつては使用されていた。これはブラームス風で重厚な響きではあるが、オリジナルのピアノパートは単純素朴なボヘミア情緒があり、リヒテルの録音以来、こちらの方に評価が集まっているようだ。スプラフォン社の楽譜では両方を見比べることができ、大変興味深い。何はともあれ、この作品は19世紀ピアノ協奏曲の名作の一つであると私は思う。



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