ハイドン Franz Josef Haydn(1732〜1809)

「ウィーン古典派」を代表する一人。交響曲、弦楽四重奏曲を中心に古典派器楽様式確立に主導的な役割を果たし、生涯にわたって時代を代表する数多くの傑作を残した。

ハイドンのクラヴィーア・ソナタは長い間「52曲」と考えられてきたが、ゲオルク・フェーダーは54曲、クリスタ・ランドンは55曲とする。なおウィーン原典版(ランドン)では現在消息不明になっている作品を加えて62番までの番号が付けられている。現実的にはホーボーケンの番号が現在でも用いられることが多いようだ。楽譜もさまざまで、Henle社のエディションとウィーン原典版ではまるで収録方法が異なっている。

※ セルの色が灰色になっているものは偽作説のある作品です。灰色の濃いものは偽作と確定されたもの。水色は他作品の編曲です。
Hob(Hob.XVI)番号 調性 作曲年代 特徴・寸評・演奏上の注意点
1 C-dur 1750年代初 アルベルティ低音と分散和音による古典派の典型的な主題。最も早い時期のハイドンの作品。
2 B-dur 1750年代初 弦楽四重奏曲風の第1楽章は優雅で美しい。感情表現の深い緩徐楽章が印象的。
3 C-dur 1760年代初 3連符伴奏形にのって明るく爽やかなメロディーが奏でられる第1楽章、前古典派風の第2楽章、短調のトリオが美しい第3楽章メヌエット。
4 D-dur 1760年代初 アルペッジョのパッセージにピアニスティックな効果を見せる。展開部で短調に転調するところが魅力的だ。
5 A-dur 1767/70 提示部途中でホ短調に転調するところが新しい。3連符が連続するパッセージは、調性との関連も含めてベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第2番」を思わせるものがある。偽作説もある作品。
6 G-dur 1750年代後半 部分的だが自筆譜が残っている最初のクラヴィーア・ソナタ。第1楽章はアレグロであるが落ち着いた雰囲気で、トリルを多用した華麗な美しさが特徴。第2楽章メヌエット、第3楽章アダージョ、第4楽章アレグロ・モルト、全体に規模が大きくなっている。
7 C-dur 1750年代初 ハイドンらしい、簡潔で明快なアレグロ楽章、メヌエット、フィナーレから成る。全体3ページと短い。
8 G-dur 1750年代 Hob.7 のように全体は短いがこちらは4楽章制。
9 F-dur 1750年代 第2主題の存在感がやや弱く規模の小さいソナタだが、親しみやすい感じはある。第2楽章はメヌエット、フィナーレは短いスケルツォ。この楽章の最後から2小節目は、旧全集だと2拍目が「G-A-B-A- G-F-E-D-C」、Henle版だと「G-A-B-G- F-E-D-C」)というような違いが見られる。
10 C-dur 1750年代 第1楽章展開部で反復進行を用いて主題動機の発展が図られる。小結尾前のユニゾンの響きも新鮮。第2楽章トリオでは♭2つでハ短調を記譜しているがこれはバロック風。フィナーレはプレストで、規模が大きい。
11 G-dur * 新全集では「G1」という番号のソナタを真作としている。Hob.11の第1楽章は「G1」のフィナーレと同じ。第2楽章は抒情的なアンダンテ、第3楽章はメヌエット。
G1 G-dur 1766以前 ウィーン原典版では「第4番」。主題は32分音符アウフタクトに特徴がある。簡潔に書かれたメヌエットと、「Hob.11」の第1楽章と同じ楽章であるフィナーレ。ウィーン原典版によれば「Hob.11」は「別個の楽章を結合したものに過ぎない」そうだ。
12 A-dur 1750年代 第1楽章は旧全集だと速度表示がないが、Henle版には Andante とある。ゆったりした流れの美しい楽章のあと、メヌエットとフィナーレ。第1楽章の一部(たぶん展開部)に他人の手が入っている可能性も指摘されている作品。
13 E-dur 1750年代 シンコペイションや反復音を用い、Moderatoのテンポの中にリズムの面白さがある。展開部始まってすぐに再現部と錯覚させるような第1主題が登場するのも興味深い。第2楽章はメヌエット、第3楽章は長調・短調の交替が面白く、変化に富んだフィナーレ・プレスト。
14 D-dur 1750年代 第1楽章Allegro Moderatoは穏やかで抒情的。転調に色彩感もみせる。この楽章も旧全集と新全集で音の違う箇所(展開部)があるので要注意。第2楽章は動きのあるメヌエット。第3楽章はプレストで、主題は2+3小節という不規則構造。展開部が充実していて聴いていて楽しい曲だ。
15 C-dur * ハイドンの1760年前後の作品と考えられる6声部のディヴェルティメント(Hob.II:11)のクラヴィア独奏用の編曲。
16 Es-dur 1750年代 自由な第1楽章がなかなか面白い作品。当時はカデンツァ、アインガングを記入する習慣がまだなかったことから一般的には「偽作」と判断されている。
17 B-dur * J.G.シュヴァンベルガーによるものであると判明した作品。
18 B-dur 1771/72 第1楽章Allegro Moderatoは付点と3連符のリズムを変化させ、多彩な装飾音を駆使する。第2楽章は規模の大きいメヌエット。
19 D-dur 1767 第1楽章はModeratoで規模が大きい。このソナタの第2楽章をカザルスが編曲して演奏したのは有名だ。第3楽章はロンド形式と変奏曲形式の混合で、ハイドンには他のソナタにも例がある。
20 c-moll 1771 シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)期の傑作。憂いと情熱に満ちた表出的なスタイルは、エマヌエル・バッハの強い影響を受けたものである。f、p の記号がこの曲の第1楽章で最初に現れたと言われている。
21 C-dur 1773 1773年のソナタ集からハイドンは(それまでのシュトゥルム・ウント・ドラング時代の様式とは違う)新しいスタイルで作曲した。誰でも親しめる明るく軽快なスタイルである。この作品は付点音符の多用など古いスタイルを留めているが、全般に明快な表現を求めた簡素な書法がとられている。同じ頃書き始められたモーツァルトのソナタに影響を与えたと言われる。
22 E-dur 1773 第2楽章(ホ短調)には前の時代の様式の名残があると言われる。
23 F-dur 1773 演奏会でよく取り上げられる一曲。軽快な両端楽章の間にある抒情的な緩徐楽章が美しい。
24 D-dur 1773 第1楽章は幅広い音域を使ってピアニスティックに書かれている。第2楽章はバロック協奏曲の緩徐楽章、あるいはレチタティーヴォを思わせるもので、アタッカでフィナーレに続けられる。全体に手際よくまとめられた印象の強いソナタだ。
25 Es-dur 1773 二楽章制。第1楽章は細かい音形を様々に変化させ、技巧的に作られている。第2楽章はカノンの技法を用いたメヌエット。
26 A-dur 1773 楽想の豊かな第1楽章はHob.26と似ているが、第11小節からの反復進行、第25小節のオクターブ進行など新しさも見せる。展開部が充実しているのも特徴だ。再現部が2拍分ずれて開始されるのもあまり例がない。第2楽章は Menuet al Rovescio(逆行のメヌエット)と書かれており、当初は交響曲第47番の第3楽章として書かれた。主部の音を反対から辿って演奏することができるように書かれた見事なものである。フィナーレは短くまとめられたプレスト。
27 G-dur 1774 Hob.16-35とともに最も多く演奏(学習)されるハイドン作品と思われる。フィナーレは「Hob.16-28」の性格と似ている。
28 Es-dur 1774 第1楽章 Allegro moderato は明快な主題、分かりやすい構成で書かれ、典型的なソナタ形式の確立を感じさせる。第2楽章はメヌエット。トリオが変ホ短調という珍しい調になっている。フィナーレは、ハイドン作品にしばしば見られるロンド形式と変奏曲形式を組み合わせたもの。
29 F-dur 1774 第1楽章第2主題で見られる素早いアルペジオが面白い。安定した第1主題と、リズムが変化する第2主題の対比が明確なのが特徴。第2楽章も装飾で彩られた第1主題とアルベルティ・バスに乗った流れるような第2主題の性格が描き分けられている。第3楽章はメヌエットで、再現部では変奏される。
30 A-dur 1774 第1楽章は細かく刻んだリズムの第1主題の後で出てくる行進曲調のリズムが特徴。経過句で反復進行やユニゾンを多用、明るく分かりやすい構成になっている。最後で2/4拍子から3/4拍子 Adagioになり、そのまま次の楽章に続く。第2楽章はメヌエットに基づく変奏曲。
31 E-dur 1774 第1楽章はどこかの宗教曲で聴いたことのあるような第1主題、推移の6連符を受け継いだ第2主題から成り、全体は優雅な曲想だ。第2楽章はホ短調 Allegrettoで、これもある種の宗教曲を思わせる楽想である。アタッカで続く第3楽章は明るい Presto。
32 h-moll 1774 エマヌエル・バッハとクレメンティの影響が見られる作品。第1楽章再現部直前の執拗なリズム反復はこれまでのハイドンに見られない感がある。Sturm und Drang 様式が端的に分かる一曲である。第2楽章はロ長調のメヌエット、第3楽章はロンドではなくソナタ形式。突然の休止をはさみ、ドラマティックな表現の楽章である。展開部始まってすぐ、ベートーヴェンの「運命の動機」に似た動きがあることと、珍しいコーダが付け加えられていることが興味深い。
33 D-dur 1770年代初 冒頭のアウフタクト32分音符の動機が特徴的な第1楽章は、Hob.27と似た気分が感じられる。第2楽章のテーマは嘆きを表すかのようで、第2主題との対照が見事だ。続けて演奏されるフィナーレはメヌエットで、ニ長調とニ短調が交替して現れるのが特徴である。
34 e-moll 1780年代初 第1楽章はチェロとヴァイオリンの対話のような第1主題で始まり、重音で奏される明るい第2主題となる。「Presto」とある通り、快速でさわやかな気分が特徴。第2楽章はト長調、装飾句を多用して美しい流れを見せる。爽やかな第3楽章は「インノチェンテメンテ(天真爛漫に)」と指示されており、ホ短調の主題が変奏されて長調でも演奏されるのが特徴。
35 C-dur c.1780 明るく軽快なハ長調。Hob.16-27とともにハイドン作品中で最も良く演奏(学習)される作品。
36 cis-moll 1780年以前 第1楽章主題はユニゾンで登場するもので、その後様々に変化するが、全体は重厚さを特徴とする。第2楽章は長調・短調二つの主題をもつロンドで、他作品にも見られるように変奏されていくもの。この主題は「Hob.39」の第1楽章とよく似たものである。第3楽章はメヌエット。
37 D-dur c.1780 イタリア的で、チェンバロ的な語法が特に華やかに生かされた作品。「ハイドンの作品の中でも数少ない、純粋な、教科書どおりの‘古典期のソナタ・アレグロ様式’の作品(ヨゼフ・ブロッホ,ピーターコラジオ共著『ハイドン・ピアノソナタ演奏の手引き』)。
38 Es-dur 1780年以前 第1楽章はシンフォニックな広がりを見せる書き方で、第19小節以降、あるいは展開部などは晩年のソナタの響きを思わせる。第2楽章の主題はハ短調と変ホ長調が交互に現れるもの。ドミナントの終止の後、次の楽章に続く。フィナーレは短くまとめられたアレグロ。
39 G-dur 1780 Hob.36の第2楽章でも用いられたテーマを持つ第1楽章で、珍しいロンド形式。第2楽章はハ長調で、これもこの楽章としては珍しいソナタ形式をとる。フィナーレはPrestissimoでソナタ形式。
40 G-dur 1783? 2楽章制。ソナタ形式を含まないソナタの最初の例。和声構造が大胆なことや、pp〜ffの強弱記号の使用など、これまでとかなり異なったスタイルをとることから、ピアノのために書かれたと推定される作品。
41 B-dur 1783? いつもの明るいハイドンのAllegroの音楽、と思っていると第2主題以降の色彩感に驚かされる。展開部での意外な転調にも注目。第2楽章は Allegro di molto で弦楽器のアンサンブルを思わせる音楽。変ロ短調〜変ニ長調と転調するところが面白い。Hob.40〜42のいわゆる「三部作」にはソナタ形式への忌避が見られるという説はどうなのだろうか。
42 D-dur 1783? 第1楽章 Andante espressivo は「ロンド形式」「複合3部形式」などと言われているようだが単に「変奏曲」と言ってもよいのではないか。同じリズムを持つ「変奏曲 ハ長調」を思わせる。第2楽章 Vivace assai はクレメンティ風の3度のパッセージも登場するピアニスティックなフィナーレである。
43 As-dur 1770年代初 ウィーン原典版では「第35番」とずいぶん番号がずれている作品(「1b」に収録されているので要注意)。第1楽章は3連符伴奏が多く、Hob.35と似た感じのする楽想である。展開部の転調が自由で面白い。第2楽章メヌエットは信号ラッパのような動機が特徴、第3楽章はロンド・プレスト。休符やフェルマータを効果的に用いたハイドンらしいフィナーレである。
44 g-moll ca. 1768/70? 2つの楽章がともに短調で書かれている。第1楽章の第2主題で急速に下降するアルペジオの多用は珍しい。第2楽章Allegrettoは装飾音を多用した、規模の大きいメヌエット形式である。楽章終止がト長調であるのも珍しい。疾風怒濤 Sturm und Drang 時代の特徴がよく表れた一曲としばしば評されている。
45 Es-dur 1766 シュトゥルム・ウント・ドラング時代の最初の年の作品。ウィーン原典版では「第29番」となっており「1b」に収録されている曲である。3つの楽章すべてがソナタ形式を採用したもので、第1楽章Moderatoは二つの楽器の掛け合いのように始まりホモフォニックな第2主題へと受け継がれる。第2楽章Andanteは16分音符の滑らかな動きが楽章全体を支配し、弦楽三重奏風である。 第3楽章は Allegro di molto でスカルラッティ風のトッカータ的楽想が目立つ。
46 As-dur 1767/70 楽想が豊富で規模の大きいソナタ。第1楽章Allegro moderato は明るく華やかなピアニスティックな楽章。第2楽章Adagio は落ち着いた8分音符の歩みで始まり、美しく装飾されてゆく。フィナーレ Presto はスケール、トレモロなど技巧を駆使した軽快な音楽。
47 F-dur c.1765 第1楽章 Moderatoは模倣的な音階進行が特徴で、3度、オクターヴのパッセージも登場する。第2楽章 Larghetto はオペラアリアのような美しさである。フィナーレは Allegro で、不規則な小節構成も見せる自由な楽章。このソナタの第2・第3楽章はウィーン原典版の「第19番」でホ短調、ホ長調として掲載されている(第3楽章メヌエットが続く)。
48 C-dur 1787/89 ソナタ形式を含まない2楽章制。第1楽章 Andante espressione は変奏曲形式で、Hob.42を思わせる緩徐楽章。第2楽章 RONDO Prestoは休みなく続く8分音符の軽快な流れが特徴である。
49 Es-dur 1789/90 第1楽章 Allegro は規模の大きなソナタ形式で、特にコーダの充実が素晴らしい。第2楽章 Adagio e cantabile は気品のある緩徐楽章で、第1楽章でも見られた手を交差させる奏法が効果的に用いられる。フィナーレ Tempo di minuetto でロンド形式となっている。
50 C-dur 1794/95 ピアノの持つ華やかな響きを開拓した名作。cresc., dim. などの強弱記号が豊富に用いられている。「open pedal」の指示にも注目。
51 D-dur 1794/95 第1楽章 Andante は提示部を反復しないソナタ形式。Hob.43 でも見られたような3連符の伴奏が支配的だが、旋律をオクターヴや3度で奏する場面が多い。第2楽章 FINALE Presto の主題はユニゾンで登場、アウフタクトが“fz”で強調されるのが特徴。
52 Es-dur 1794 ハイドンのピアノ・ソナタの最高傑作。豊かな和声法、華やかな演奏技巧を駆使して、充実した古典的世界が築かれる。第2楽章がホ長調という珍しい調で書かれていることにも注目したい。
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