リストのピアノ作品


ピアノ独奏曲(編曲は除く。主要作品のみ)


12のピアノのための練習曲 Op.1 (1826)
「超絶技巧練習曲」の前身として学習者は是非一度見ておくべきだろう。「第1番」などはチェルニーの練習曲風で微笑ましい感じだが、「第2番」「第5番」「第8番」「第10番」「第12番」など楽想が共通するもの、「第9番」など別の魅力も見せるものなどがある。「第7番」の楽想はのちの「夕べの調べ」に用いられるなど興味深い点も多い。

パガニーニの<鐘>によるブラヴーラ風大幻想曲 (1834)
パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番の終楽章による。

音楽の夜会 (1837)
ロッシーニの歌曲集による作品。全12曲。

24のピアノのための練習曲 (1838頃)
「Op.1」を改訂したものだが12曲のみである。

パガニーニの奇想曲によるはなやかな練習曲(1838)
パガニーニのキャプリースとヴァイオリン協奏曲第2番による。

半音階的大ギャロップ(1838)
演奏効果の高い小品。リスト自身もリサイタルで演奏していた人気作品と言われる。

ハンガリーの民族的旋律集(1839/47)
全21曲。ハンガリーの旋律を集めたもので、「ハンガリー狂詩曲」の基となった。

マゼッパ(1847)
24のピアノのための練習曲第4番を編曲したもの。2回目の改訂版で、単独で出版された。

ハンガリー狂詩曲[全20曲](1847)
「第2番」「第6番」「第15番」が多く演奏されるようだが「第11番」「第13番」なども味がある。

3つの演奏会用練習曲(1848)
フランスで「3つの詩的なカプリス」として出版された際にそれぞれの題名が付けられたらしい。
★ 演奏上の問題: 「Editio Musica Budapest版」の新全集「Einzelausgabe aus der Neuen Kritischen Liszt-Gesamtausgabe(分冊版)」では第3番 第62小節の右手の音が他の版と違っている(3度上の音になっている)が、この音で弾く人は聞いたことがなく、Critical Notes でも触れられていない。全集版だと「Des-F」なのでおそらくミスプリントではないかと思われる。

超絶技巧練習曲[全12曲](1851)
第2版が残されているが最終稿よりもずっと難しいことが興味深い。「第7番(英雄)」の冒頭は「ロッシーニとスポンティーニの主題による華麗な即興曲」との関連がある。
★ 演奏上の問題:第4曲「マゼッパ」アレグロ部分の3度の指使いについて、ザウアー版では「It is absolutely inadmissible to facilitate the fingering here, as contrary to Liszt's ideas. (ここで運指を容易にすることは、リストの考えに反するものとして絶対に許されない。)」とある("inadmissable"とあるがミスプリントらしい)。ピアニストに意見を聞くと「2-4の連続で弾いた方が弾きやすい」と言う人が多いが、たとえば「パガニーニ練習曲第6番」の第6変奏などに出てくる3度のパッセージは指を変えて弾く人もいるようで、この曲の場合は連続の度合いが少ないこと、そして左右交互に演奏することで音楽的効果を生むものと思われる。

パガニーニによる大練習曲(1851)
初版と改訂版では大きく技巧が異なる。初版での演奏はニコライ・ペトロフなどが行っていた。
★ 演奏上の問題: 第1番は左手のみでのトレモロと思われるが右手で、あるいは両手で弾いている人もいる/第3番、コーダ直前でaccelerando をかける人とインテンポの人がいる。/第5番の中間部グリッサンドはピアノの状態が良ければ片手による奏法も可能だが普通は両手に分けるのが無難であろう。

2つの演奏会用練習曲(1862/63)
「森のざわめき」「小人の踊り」の2曲。

旅行者のアルバム(1835/36)
この中の7曲は「巡礼の年報」に組み込まれた。

詩的で宗教的な調べ(1845/52)
主としてヴァイマルで作曲された。ラマルティーヌとの関連がしばしば指摘されている。第3曲「孤独の中の神の祝福」第7曲「葬送」第10曲「愛の賛歌」が名高い。

巡礼の年報 第1年“スイス”(1835/36)
「巡礼の年報(「第1年“スイス”」「第2年“イタリア”」「ヴェネツィアとナポリ ― 第2年イタリアへの補遺」「第3年」)は、いずれも若い頃に書いた「旅のアルバム」が基になっている。 「第1年“スイス”」は、リストが、ジュネーヴを足場としてアルプス地方へ小旅行をした時の思い出と言うべき作品である。 リストはこの曲集の序文で、スイスの風景を絵画的に描写したのではなく、それらが彼の心の中に興した深い感動を描いたと言っており、バイロン、セナンクール、シラーなどの文芸作品を通して霊感を与えられたとされる曲が多いことが特徴である。 「ウィリアムテルの聖堂」「泉のほとりで」「オーベルマンの谷」などがよく演奏されている。

巡礼の年報 第2年“イタリア”(1838/39)
「巡礼の年報第2年」は、リストが1837年から39年までイタリアに滞在した際に、ルネサンスの巨匠たちの作品から受けた強い印象を表現したものである。「婚礼」「考える人」「ペトラルカのソネット第104番」「同第123番」「ダンテを読んで」などが数多く演奏されているようだ。

コンソレーション[全6曲](1849/50)
1849年からヴィトゲンシュタイン侯爵夫人とともにワイマールで同棲し作曲に専念していたが、この曲集はそんな二人を保護してくれたワイマール大公妃マリア・パウローヴナに献呈された。「第4番」冒頭に星のマークがついているのは、リストが恩人である大公妃を「明けの明星」と呼んでいたからだそうである。(参考:CD「ホロヴィッツ 幻の未発表ライブ:カーネギー・ホール・リサイタル1945〜50)浅里公三氏による解説)

バラード第1番(1845/48)
序奏ののちにアンダンティーノで穏やかな旋律が奏され、右手高音部のり装飾句で彩られる。第2部は行進曲となり、リストらしい和声の変化、転調なども見られる。ここでは序奏にみられたリズムも再現され、英雄的な楽想へと進んでゆく。その後、第1部の旋律が再現し、様々な装飾句が登場する。のちの「ピアノソナタ」で聞かれるような和声進行もあって面白い。リストの「バラード」は第2番ばかり演奏されている感があるが、この曲ももっと演奏されてよいように思う。

愛の夢(1850)
歌曲を編曲した作品。

2つのポロネーズ(1851)
第2番は演奏される機会が多い。

スケルツォと行進曲(1851)
ロマン派時代の大ヴィルトゥオーソであったリストは1848年、ヴィトゲンシュタイン夫人の意見を取り入れて演奏活動を引退することとなる。これは落ち着かない演奏旅行を続けるよりも、作曲上の才能を伸ばし、ロマン主義の新しい方向を作るという大きな理念に基づいた行動だと言われている。彼はそれからヴァイマールで生活するようになるのだが、その頃の演奏会用小品である。「スケルツォ」はニ短調、アレグロ・ヴィヴァーチェ、スピリトーソで始まり、4分の2拍子と8分の6拍子が混在する表記である。細かな装飾音、トレモロ、トリル、アルペジオ、両手のオクターヴなどピアノの難しいテクニックを駆使して輝かしい演奏効果をあげる。「行進曲」は変ロ長調、アレグロ・モデラート、マルツィアーレとなり、最初は低い音で抑えられた調べが、徐々に大きな行進曲へと変貌してゆく手法は見事と言うしかない。途中で「スケルツォ」の一場面も回想されるが、すぐに圧倒的なコーダヘの流れとなり、ニ長調で堂々と締めくくられる。

即興的ワルツ(1852)
3連符の軽やかな楽想による愛らしいワルツ。

ピアノ・ソナタ ロ短調(1852-53)
ヴァイマル時代に書かれた大作。ロマン派ソナタの一つの形として大きな意味を持つ。

バラード第2番(1853)
リストはこの作品についてタイトルは付けていないが、ゴットフリート・アウグスト・ビュルガーのバラード『レノーレ』が本作の題材であるとする説、「ヘーローとレアンドロスの神話」によるものとする説などがある(いずれも Wikipediaより)。

ヴェネツィアとナポリ[巡礼の年報第2年補遺](1859)
「ゴンドラを漕ぐ女」「カンツォーネ」「タランテラ」最初の2曲はお洒落で綺麗、3曲目は派手な演奏技巧の誇示と中間部のナポレターナの対比が見事。

第1メフィスト・ワルツ[村の居酒屋での踊り](1859/60)
レーナウの長編戯曲詩「ファウスト」をもとに作曲した管弦楽作品「レーナウの《ファウスト》からの2つの挿話」に基づく作品。

スペイン狂詩曲(1863)
1844年のイベリア半島旅行の際に知った「フォーリア」「ホタ・アラゴネーザ」というスペインの舞曲を題材とする作品。

伝説(1863)
1861年にローマに移り、宗教的な生活を行うようになった頃の作品。オラトリオ「聖エリーザベトの伝説」などと同じく宗教的題材に基づいて書かれた作品である。

巡礼の年報 第3年(1867/77)
「エステ荘の噴水」は印象派の音楽に影響を与えたと言われる。

バッハの名前による前奏曲とフーガ(1871)
オルガン曲《バッハの名による前奏曲とフーガ》を改め、さらにピアノ用に編曲したもの。

死のチャールダーシュ(1881/82)
平行5度を用いた不気味な音進行が特徴的な作品。

悲しみのゴンドラ(1882)
ワーグナーの死を予感して作曲されたらしい。「第1稿」「第2稿」の2曲から成り、半音階的進行、不協和音などが多用されている。

4つの忘れられたワルツ(1881/83)
「3つの忘れられたワルツ」と言われていたが、未完成の同名作品が1954年に発見された(Wikipediaによる)。よく演奏されるのは「第1番」。

メフィスト・ポルカ(1883)
主部は嬰へ短調あるいはイ長調のようだが、全体的に調性感はあまりなく、和声も解決されないまま進んで行く印象のある作品。


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