ピアノ小品

重要だと思われる点のみ記載します。

ロンド・ア・カプリチオ ト長調 作品129
作曲 1795-1798年、出版 1828年
 ベートーヴェンがこの曲に付けた題は「アラ・インガレーゼ・クワジ・ウン・カプリチオ」であったのだが「失われた小銭への腹立ち、カプリースで憂さ晴らしをせる」という面白い副題はシントラーが付けたものである(セイヤー[エリオット・フォーブズ校訂]『ベートーヴェンの生涯 上』p.191]。ベートーヴェン没後にディアベリ社が動産物件競売で買い取っていた作品で、未完成な部分はディアベリ版では補って出版された。「カプリチオ(綺想曲)」は、厳格な形式によらない、気紛れで即興的な楽曲のことである。この曲はト長調、2/4拍子。ロンド形式というべきであろうが、かなり不均衡なものであり、ソナタ形式のような長大な展開部ももっている。快活なテンポと、目まぐるしい転調の面白さが最大の特徴である。なお、「インガレーゼ」という言葉については「最新名曲解説全集 独奏曲T(音楽之友社)」では「ハンガリー風」となっているが、現在調査中。

ロンド ハ長調 作品51の1
作曲 1796〜97年、出版 1797年
モデラート・グラツィオーソ、 2/2拍子の流麗な楽想で、前期古典派(ロココ様式)の影響が指摘されているが、ハ短調部分の劇的緊張感や、コーダのハ長調〜変ニ長調という転調にはベートーヴェンの個性が確実にみられる。

アレグレット ハ短調 (Hess 69)
作曲 1797年、出版 1965年
 この曲はおそらくバガテル集の中の一曲として書かれたものである。自筆稿は2枚存在し、1枚目には第1〜73小節、2枚目には最後の19小節部分と非常に読みにくいスケッチが書かれていた。長年この曲は断片とされてきたが、スイスのヨハン・ツュルヒャーがそのスケッチ部分を、ベートーヴェンが急いで書いた中間部分であると判読したものである。この部分はなんらかの事情で失われた部分をベートーヴェンが記憶から書き留めたものか、あるいはそこを取り除いて他の新しいものを書く予定であったのかは分かっていない。曲はアレグレット、 2/4で書かれ、中間部はハ長調に転じる。再現部は右手で主題を変奏するもの。曲の情緒はどことなく他のハ短調作品との共通した気分を漂わせるものだが、例えば「悲愴」ソナタの第3楽章の雰囲気に共通点を見出すことも可能であろう。

ロンド ト長調 作品51の2
作曲 1798年?、出版 1802年
アンダンテ・カンタービレ・エ・グラツィオーソ、2/4拍子。A-B-A-C-Aの完全なロンド形式であるが、C部分がアレグレット・6/8拍子(ホ長調)に変化するので、 A-B-Aの大きな三部形式のように聞こえるかもしれない。ロンド形式を守りながら、新しさも持った作品である。

ロンド ハ長調 WoO 48
作曲 1783年、出版 1783年
 H.P.ボスラーによる『クラヴィーア愛好家のための名曲集』に同年の歌曲作品「ある乙女の絵」が印刷掲載され、そのあとに無署名で掲載されていた作品。A-B-A-C-Aのロンド形式で書かれた作品で、ハ長調、3/8拍子。規模は小さいながらベートーヴェンの個性を十分に感じさせる。特にpp−ffの急激な変化や、C部分のハ短調〜変ホ長調の進行など、後の作品にみられる雰囲気がすでに現れているのが興味深い。

ロンド イ長調 WoO 49
作曲 1783年、出版 1784年
 「クラヴィーア愛好家のための新・名曲集」第1巻に掲載された作品。WoO 49と異なり、こちらには「ファン・ベートーヴェン氏による」と署名がある。この曲もA-B-A-C-Aのロンド形式(イ長調、2/4拍子)であるが、WoO 48と比べると曲想・演奏技巧の面において異なった性格を持っている。B部分でのイ短調〜ハ長調の大胆な転調、C部分での重音や細かいアーティキュレイションを駆使した書き方には、やはりベートーヴェンの音楽の個性が感じられる作品である。

7つのバガテル 作品33
作曲 1802年、 出版 1803年
 有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」のころ書かれたと思われるこのバガテル集には、さまざまな成立年代の曲が混在しているようである。作曲は1802年ころであろうが、ボン時代の旧作を改作したものなどがあるのかも知れない。
第1曲 アンダンテ・グラツィオーソ・クワジ・アレグレット。変ホ長調、6/8拍子。主題はたいへん優雅なもの。ときどき現れるパッセージの変化が面白く、中間部の変ホ短調への転調には美しさがある。
第2曲 スケルツォ・アレグロ ハ長調、3/4拍子。リズムと強弱の変化に特徴がある曲。トリオは「交響曲第5番」の第3楽章トリオを何となく思わせるもの。
第3曲 アレグレット へ長調、 6/8拍子。牧歌的な曲であるが、主題の転調に意外性があって面白い。
第4曲 アンダンテ イ長調、 2/4拍子。この曲集の中では充実した作風を見せるものである。中間部ではイ短調に変わり、再現部ではバスに主題が美しく歌われる。
第5曲 アレグロ、マ・ノン・トロッポ ハ長調、3/4拍子。どこか練習曲的で、音の動きを楽しむような作品。
第6曲 アレグレット・クワジ・アンダンテ ニ長調、2/4拍子。第4曲とともに深い情緒を感じさせる作品。「話すように」と指示されている。
第7曲 プレスト 変イ長調、 3/4拍子。ベートーヴェン的な躍動感に満ちた作品。

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO 57
作曲 1803年、出版 1805年
  アンダンテ・グラツィオーソ・エ・コン・モート、3/8拍子。一応ロンド形式と見ることができるが、主題を提示しては変奏曲的に発展させてゆく手法と考えることもできる。チェルニーによれば、ベートーヴェンは社交の集まりでたびたびこの曲を演奏し、人気作になったので「アンダンテ・ファヴォリ(お気に入りの)」というタイトルを付けたということである。また、この曲のコーダはたいへん幻想的なもので、転調の見事さが曲の仕上げをいっそう素晴らしいものにしていることは指摘されてよい。

6つのエコセーズ 変ホ長調 WoO 83
作曲 1806年?、出版 1888年
 「エコセーズ」はスコットランド地方の舞曲である。この舞曲は19世紀から知られるようになり、本来は3拍子で中庸の速さであったが、18世紀前半から速く活発な偶数拍子となった。
 キンスキーによればこの作品は、1807年のヴィーン新聞に広告された「オーケストラのためのエコセーズ(WoO.16、楽譜は伝わっていない)」のうちのあるものの編作かもしれないということであるが、ピアノのために書かれた作品とみてよさそうである。曲はすべて変ホ長調、 2/4拍子、32小節の構成で、後半16小節に同一のコーダを持つものである。なお、ブゾーニがオリジナル6曲の後にコーダを付け加えているが、今日ではあまり演奏されることはない。

エリーゼのために イ短調 WoO 59
作曲 1810年、出版 1867年
 エリーゼとは、作曲した1810年にベートーヴェンが結婚を考えていたテレーゼ・マルファッティのことであるとした説が長いこと有力であったが、ベルリンの研究者クラウス・マルティン・コピッツが、エリーゼとはドイツのソプラノ歌手エリーザベト・レッケル(1793-1883)であると2009年に有力な説を発表した。エリザベートは当時エリーゼの愛称で通っており、ウィーンの教会にあった1814年3月9日のレッケルの第一子の洗礼記録には彼女の名前がエリーゼと記録されているという。のちのフンメル夫人である。コピッツ氏は「曲が彼女に捧げられたのは明白だと思われる。当時のベートーベンの周りにエリーゼあるいはエリザベートという名の女性は他にはいなかった」としている(2009年7月2日産経新聞朝刊より)。曲はポコ・モート、イ短調、 3/8拍子。冒頭のアウフタクトに特徴のある曲で、小曲ながらコーダ直前のバスの劇的緊張感、続くカデンツァ風パッセージなどが人気の所以と思われる。

ポロネーズ ハ長調 作品89
作曲 1814年、出版 1815年
 1814年のウィーン会議で、諸国の君主がウィーンに集まった時の作だと伝えられる。ベートーヴェンの友人であり医者であったベルトリーニの勧めにより作曲された。ベートーヴェンは即興で弾いたうちの一つの主題をベルトリーニに選ばせて曲を完成させた。曲はハ長調、3/4拍子。短い即興風の序奏に続いて、明るい主題が登場する。全体はA-B-A-C-A のロンド形式的な構成であり、C部分が変イ長調の挿入句〜イ長調の主題という展開部的内容を持つほかは、比較的単純な内容といえる。

11のバガテル 作品119
作曲 1820,22年、出版 1821, 23年
 この曲集も op.33のバガテル集と同じく、さまざまな時期の作品が集められたものである。第2・4番のスケッチは1794年ころ、第5番のスケッチは1802年(op.30のハ短調ヴァイオリン・ソナタのころ)、第6番は1820〜21年の作。1822年の秋に第1〜6番の補筆編集がなされた。第7〜11番はシュタルケのヴィーン・ピアノ教本のために作られたもので1820年に作曲されたものである。
第1曲 アレグレット  ト短調、 3/4拍子。ベートーヴェン初期の特徴を持った作品と言われている。
第2曲 アンダンテ・コン・モート  ハ長調、2/4拍子。手を交差させて3連符音型を奏するもの。
第3曲 ア・ラルマンド  ニ長調、 3/8拍子。アルマンドはもともと2拍子系の舞曲であったが、18世紀後半から 3/4拍子の速いドイツ舞曲を指すようにもなった。
第4曲 アンダンテ・カンタービレ  イ長調、 4/4拍子。ゆったりとした旋律。後半は16分音符の優美な動きとなる。
第5曲 リゾルート  ハ短調、 6/8拍子。この曲のリズムはバロック音楽の「ジーグ」の一種と考えられる。
第6曲 アンダンテ  ト長調、3/4拍子 〜アレグレット、ト長調、2/4拍子。序奏のあと「無造作に、あっさりと」とドイツ語で指示された軽快な旋律となる。
第7曲 ハ長調、3/4拍子。ここからあとはピアノ教本用である。この曲はトリルの練習曲であるが、後半に向けて音符が32分音符にまで細分化されるので、テンポ設定の訓練も兼ねているもの。
第8曲 モデラート・カンタービレ  ハ長調、3/4拍子。「非常にレガートで」。指使いを考えて四声をレガートに弾く練習。
第9曲 ヴィヴァーチェ・モデラート  イ短調、3/4拍子。ワルツ風だが、ベートーヴェン的な強弱の急激な交替の練習。
第10曲 アレグラメンテ  イ長調、2/4拍子。左手のシンコペーションの練習だが、12小節とたいへん短い。
第11曲 アンダンテ、マ・ノン・トロッポ  変ロ長調、4/4拍子。旋律を歌わせる練習といえる。前半は四声の響きの中で、後半は右手で高音部の旋律、あるいは二声を弾き分けながらのカンタービレとなる。

6つのバガテル 作品126
作曲 1823〜24年、出版 1825年
 ロマン派の「性格小品」への道を開いた「バガテル」だが、この作品126 のバガテル集はベートーヴェン後期のスタイルを知る意味で重要な作品である。
 べートーヴェンはこの作品の出版に際し、「ピアノ独奏の6曲のバガテル、或いは小曲。その多くは磨き抜かれたもので、この種のものでこれまで私が書いた最良のものです」とショット社に書き送っている。かなり自信のある作品だったようだ。
 また、ベートーヴェンは第1曲の草稿に「小品によるチクルス」と書き込んでおり、これらの小曲が続けて演奏されることを想定したものと思われる。
第1曲 アンダンテ・コン・モート  ト長調、3/4拍子。「歌うように、そして喜ばしく」と記されている。即興風であるが、再現部のバスの主題提示がたいへん巧妙。
第2曲 アレグロ  ト短調、 2/4拍子。トッカータ的な楽想とレガートの旋律の対比が面白い。休符の扱いも独特である。
第3曲 アンダンテ  変ホ長調、 3/8拍子。「歌うように、そして優美に」と指示されている。後半の変奏部分は特に美しい。
第4曲 プレスト  ロ短調、 2/2拍子。主部の力強さと中間部の幻想性が対照的である。
第5曲 クワジ・アレグレット  ト長調、6/8拍子。終始穏やかな歌に満ちている。
第6曲 プレスト  2/2拍子〜アンダンテ・アマービレ・エ・コン・モート、3/8拍子、変ホ長調。序奏のあと子守歌のような音楽が現れ、発展したのちに後奏でしめくくられる。

ピアノ小品 ト短調 WoO 61a
作曲 1825年、出版 1956年
 ニューヨークのルイス・クラーマー氏が所有していた作品で、13小節の短い作品。自筆稿には「サラー・バーニー・ペインの思い出として、1825年9月27日、ルイ・ファン・ベートーヴェン作(フランス語)とある。ペイン氏は著名な音楽家チャールズ・バーニーの娘で、彼女はおそらく1825年の『ハーモニコン』誌に「ベートーヴェン訪問記」の題で寄稿した筆者である。曲はアレグレット・クワジ・アンダンテ、ト短調、2/4拍子で、上声に対して下声が2小節遅れて奏されるカノン。終止部は4声となっている。

バガテル ハ長調 Hess 57
作曲 1823〜24年、出版 1965年
 ウィリー・ヘスによる作品目録では「バガテルのスケッチ」。ノッテボーム「第二ベートーヴェニアーナ」によって知られるようになった作品。バガテルop.126へのスケッチの中に書かれていた作品である。曲はハ長調、 2/4。軽快さを特徴としていて、ベートーヴェンには珍しい反復音をモティーフとしている。休符をはさんだ唐突な転調が面白い作品である。33小節。

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